保護費の過誤払いに対する生活保護法63条の適用
前回の記事で,生活保護法63条が本来適用される場面について解説しましたが,このほかにも,生活保護法63条が適用されている場面があります。
それが,生活保護費の過誤払いの場面です。
例えば,生活保護の受給開始後,被保護者が就労して給料を受け取っていたが,
①被保護者が収入申告が必要なことを認識していなかったために収入申告がなされず,月々の保護費から給与相当額が差し引かれずに支給されていた。
あるいは,
②被保護者は収入申告をしていたが,福祉事務所がこれを見落としており,月々の保護費から給与相当額が差し引かれずに支給されていた。
というような場合を考えてみましょう。
「過誤払い型」の特徴
資力が発生と同時に現実化すること
まず,資力の発生時期と資力が現実化する時期に時間的な隔たりはなく,資力は発生と同時に現実化しています。
したがって,「生活保護法63条本来型」とは異なり,「資力があるが現実化していない」期間は存在しません。
生活保護費の支給決定に過誤があること
次に,資力が発生と同時に現実化しているにもかかわらず,これが収入認定の対象とされず,保護費から差し引かれないまま保護費が支給されるため,保護費の支給決定(上記の図の「保護費支給②~⑩」)には過誤(間違い)があります。
資力が費消済みである可能性が高いこと
そして,資力が発生と同時に現実化しているため,誤支給が判明する時点までに保護費や給与が費消されてしまい,被保護者が返還能力を有していない可能性が高いといえます。
「過誤払い型」の取扱い
原則としての遡及変更
「過誤払い型」の場合,生活保護費の支給決定に過誤(間違い)があるわけですから,本来であれば,間違った支給決定(上記の図の「保護費支給②~⑩」)を遡って変更する(やり直す)べきです。
そうすると,支給決定の遡及変更により,既に支払われた保護費はその根拠を失いますので,被保護者は,民法703条という法律により支給済み保護費の返還義務を負います(なお,この返還義務については,生活保護法80条によって免除することができます。)
ただ,この取扱いには1つ問題があり,行政が一度行った変更をいつまでも不確定な状態にしておくのは妥当ではないという考え方から,支給決定を遡って変更することができるのは3か月程度であると考えられています(『生活保護手帳別冊問答集2017』問13-2)。
そのため,福祉事務所は,上記の図のうち「保護費支給⑨・⑩」については,支給決定の遡及変更をすることで,民法703条によって返還を求めることができますが,それより前の「保護費支給②~⑧」については,返還を求めることができないということになります。
生活保護法63条の適用
しかし,実際には,過誤払い型についても生活保護法63条を適用することで,支給決定を遡って変更することができる3か月にとどまらず,「保護費支給②~⑩」すべてについて返還を求めるのが行政実務の取扱いです。
生活保護法63条が本来予定している場面ではないにもかかわらず,生活保護法63条を適用できる根拠として,以下の2つを挙げることができます。
- 『急迫等の場合における』の『等』に,福祉事務所が必要な調査を尽くしていなかったために,資力があるにもかかわらず資力なしと誤認して保護の決定をした場合や,福祉事務所が保護の程度の決定を誤って不当に高額の決定をした場合も含まれると考えられること
- 返還額についての裁量が可能であること(『生活保護手帳別冊問答集2017』問13-1)
遡及変更と生活保護法63条の関係
なお,支給決定の遡及変更が可能な3か月について,実際に遡及変更を行って民法703条により返還を求めるか,遡及変更はせずに生活保護法63条により返還を求めるかは,どちらの方法でもよいとされています(『生活保護手帳別冊問答集2017』問13-4)。
この取扱いからすると,「遡及変更の取扱い(民法703条+生活保護法80条による免除)」と,「生活保護法63条」は,同じ内容であるということになります。
「過誤払い型」の返還額はどのように決められるべきか
このように,「過誤払い型」にも生活保護法63条が適用されてますが,この場合,返還額はどのように決められるべきでしょうか。
上記のとおり,「過誤払い型」に生活保護法63条が適用されている根拠の1つは,返還額についての裁量が可能であるからです。
そして,この場面における生活保護法63条の内容は,「遡及変更の取扱い(民法703条+生活保護法80条による免除)」と同じなのですから,裁量権の行使にあたっても,生活保護法80条と同様の配意がなされなければなりません。
「過誤払い型」は,誤支給が判明する時点までに保護費や給与が費消されてしまい,被保護者が返還能力を有していない可能性が高い類型ですから,被保護者の返還能力と過誤払いの経緯等を考慮のうえ,積極的に返還免除を認める必要があります。