弁護士 木村康之のブログ

世田谷区・経堂の弁護士です。身近な法律問題についての情報を発信していきます。

生活保護法63条の非免責債権化により生じるアンバランス

現在,国会で審議されている「生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する 法律案」に含まれている生活保護法77条の2という規定により,生活保護法63条による返還請求権は非免責債権(破産しても免責とならない債権)とされることが予定されています。

しかし,生活保護法63条による返還請求権を非免責債権とすると,以下のようなアンバランスが生じることになります。

保護実施機関が支給済み保護費の返還を求める方法

①「戻入の決定」による取扱い

以前の記事 にも書きましたが,生活保護法63条の適用対象には,保護実施機関の算定誤りや,被保護者の故意によらない収入未申告といった類型も含まれています。

これらの類型において保護費の過支給が発見された場合,保護実施機関が支給済み保護費の返還を求める方法の1つとして,発見月から前々月分までの支給済み保護費について「戻入の決定」(=保護費の支給決定を遡って変更し,民法703条により返還を求める)をし,それ以前の支給済み保護費については生活保護法63条による返還を求めることが考えられます。

この場合,発見月から前々月分までの支給済み保護費の返還の根拠規定は民法703条ですから,これが非免責債権となることはありません。

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生活保護法63条の適用

これらの類型において保護費の過支給が発見された場合に,保護実施機関が支給済み保護費の返還を求めるもう1つの方法は,発見月から前々月分までの支給済み保護費も含め,すべての支給済み保護費について生活保護法63条の規定により返還を求めることです。

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①「戻入の決定」と②生活保護法63条の関係

以上のとおり,発見月から前々月分までの支給済み保護費の返還請求については,①「戻入の決定」,②生活保護法63条の適用,という2つの方法が存在します。
そして,保護実施機関がこの2つの方法のいずれを選択するかについては,どちらの方法でもよいとされています(『生活保護手帳別冊問答集2017』問13-4)。

 

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生活保護法63条を非免責債権とすることにより生じるアンバランス

発見月から前々月について生じるアンバランス

ところが,生活保護法77条の2により生活保護法63条による返還請求権が非免責債権とされてしまうと,保護実施機関が「戻入の決定」を選択した場合には免責されるにもかかわらず,生活保護法63条による返還を選択すると非免責債権となるというアンバランスが生じます。

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発見月から前々月までと,それ以前の間で生じるアンバランス

また,保護実施機関が「戻入の決定」を選択した場合,発見月から前々月分までの支給済み保護費の返還については免責されるにもかかわらず,前々月より前の支給済み保護費の返還については非免責債権となるというアンバランスも生じます。

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これらのアンバランスは,生活保護法63条による返還請求権という,本来非免責債権とされるべきではないものが今回の改正法により非免責債権とされていることをよく現していると思います。