弁護士 木村康之のブログ

世田谷区・経堂の弁護士です。身近な法律問題についての情報を発信していきます。

過失相殺と確認請求の関係(厚生年金未加入に対する対応策・その7)

過失相殺と確認請求の関係

⑤の過失相殺については,厚生年金保険法31条1項が被保険者に確認請求を認めている事との関係で,被保険者が確認請求をしなかったことが被保険者側の過失となるかが問題となります。

過失相殺を認めなかった裁判例

この問題について,前の記事でご紹介した豊國工業事件判決(奈良地判平成18年9月5日)は,以下のとおり判示して,過失相殺を認めませんでした。

『…被告は,原告が時給が減額されるという理由で社会保険加入を断ったものであり,厚生年金保険法31条によれば,被保険者又は被保険者であった者は,いつでも18条1項の規定による確認(被保険者の資格の取得及び喪失についての社会保険庁長官の確認)を請求することができるのに,原告はその請求をせず,被告のした処理に関し,長年にわたって何らの異議申立てを行わずにおり,退職直前になって異議申立てをしたものであるとして,原告について大幅な過失相殺がされるべきである旨主張する。たしかに,法は,被保険者資格の取得について,単に事業主に報告を義務付けているだけでなく,被保険者自身による確認の請求を認めているのであるから,その不行使の事実をもって被保険者の過失と評価すべき余地があることは否定できない。しかし,本件においては,前記認定のとおり,原告の採用に際し,被告担当者が社会保険加入の資格に関して事実に反する説明をしており,それが原因で原告も社会保険の加入を諦めていたものであること,その後,原告は,社会保険事務所への相談で加入資格があることを知るに至ったものの,その際も,一方では被告が給料の減額や退職などの不利益処遇を口にし,他方では社会保険事務所への相談でも事態の解決に至らなかったものであり,このような状態で確認の請求を期待することは困難を強いるものというべきこと,原告は,折に触れて社会保険事務所等での相談をし,その結果,過去分の遡及的加入も実現したものであることなど前記認定のような事情からすれば,被保険者にも確認の請求が認められているとの事情を考慮しても,本件において原告に過失があったものということはできない。』

確かに,被保険者による確認請求が認められていますが,それはあくまで被保険者に与えられた権利であって,被保険者の義務ではありません。したがって,単に被保険者が確認請求をしなかったことをもって被保険者側の過失とすることは相当ではないでしょう。

事情によっては過失相殺が認められる可能性もある

ただし,被保険者が単に確認請求を行わないだけではなく,厚生年金への加入を一切求めていなかったり,あるいは,加入しないことについて同意していたような場合には,被保険者側に過失が認められ,過失相殺が行われる可能性が十分にありますので,注意が必要です。

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