弁護士 木村康之のブログ

世田谷区・経堂の弁護士です。身近な法律問題についての情報を発信していきます。

不法行為による損害賠償請求と人工妊娠中絶(人工妊娠中絶による慰謝料請求の可否・その1)

不法行為による損害賠償請求と人工妊娠中絶

不法故意による損害賠償請求

民法という法律は,主として私たちの社会生活についてのルールを定めた法律ですが,その709条は,「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています(この責任を「不法行為責任」といいます)。

人工妊娠中絶についての従来の考え方

この条文を根拠に,中絶をした女性が,男性に対して損害賠償を請求ができるかが問題となりますが,従来は,性行為や妊娠について女性の同意がある以上,中絶もまた女性の意思決定に基づくものであるとして,男性に対する損害賠償請求は認められないとする考え方が一般的でした。

損害賠償請求を認める裁判例の出現

東京高判平成21年10月15日

ところが,東京地判平成21年5月27日は,女性から男性に対する損害賠償請求を認め,控訴審である東京高判平成21年10月15日も,以下のとおり判示して,地裁の結論を支持しました。

『…(5)原判決一五頁三行目から一七行目までを次のとおり改める。
「しかし、控訴人と被控訴人が行った性行為は、生殖行為にほかならないのであって、それによって芽生えた生命を育んで新たな生命の誕生を迎えることができるのであれば慶ばしいことではあるが、そうではなく、胎児が母体外において生命を保持することができない時期に、人工的に胎児等を母体外に排出する道を選択せざるを得ない場合においては、母体は、選択決定をしなければならない事態に立ち至った時点から、直接的に身体的及び精神的苦痛にさらされるとともに、その結果から生ずる経済的負担をせざるを得ないのであるが、それらの苦痛や負担は、控訴人と被控訴人が共同で行った性行為に由来するものであって、その行為に源を発しその結果として生ずるものであるから、控訴人と被控訴人とが等しくそれらによる不利益を分担すべき筋合いのものである。しかして、直接的に身体的及び精神的苦痛を受け、経済的負担を負う被控訴人としては、性行為という共同行為の結果として、母体外に排出させられる胎児の父となった控訴人から、それらの不利益を軽減し、解消するための行為の提供を受け、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有し、この利益は生殖の場において母性たる被控訴人の父性たる控訴人に対して有する法律上保護される利益といって妨げなく、控訴人は母性に対して上記の行為を行う父性としての義務を負うものというべきであり、それらの不利益を軽減し、解消するための行為をせず、あるいは、被控訴人と等しく不利益を分担することをしないという行為は、上記法律上保護される利益を違法に害するものとして、被控訴人に対する不法行為としての評価を受けるものというべきであり、これによる損害賠償責任を免れないものと解するのが相当である(被控訴人が、条理上の義務違反に基づく損害賠償責任というところの趣旨は上記趣旨をいうものと解される。)。
しかるに、控訴人は、前記認定のとおり、どうすればよいのか分からず、父性としての上記責任に思いを致すことなく、被控訴人と具体的な話し合いをしようともせず、ただ被控訴人に子を産むかそれとも中絶手術を受けるかどうかの選択をゆだねるのみであったのであり、被控訴人との共同による先行行為により負担した父性としての上記行為義務を履行しなかったものであって、これは、とりもなおさず、上記認定に係る法律上保護される被控訴人の法的利益を違法に侵害したものといわざるを得ず、これによって、被控訴人に生じた損害を賠償する義務があるというべきである(なお、その損害賠償義務の発生原因及び性質からすると、損害賠償義務の範囲は、生じた損害の二分の一とすべきである。)…。」』

この高裁判決は,中絶により直接的に身体的及び精神的苦痛を受け,経済的負担を負う女性は,性行為という共同行為の結果として,母体外に排出させられる胎児の父となった男性から,それらの不利益を軽減し,解消するための行為の提供を受け、あるいは、女性と等しく不利益を分担する行為の提供を受ける法的利益を有しており,この利益は生殖の場において女性が男性に対して有する法律上保護される利益といって妨げないとしています。

確かに,女性が性行為や妊娠について同意や承諾をしているとしても,そのことをもって,中絶の際に男性に不利益を軽減・解消してもらい,あるいは分担してもらう権利までをも放棄したとはいえませんから,男性が不利益の軽減や解消,あるいは分担を怠った行為を違法と評価することも十分に可能でしょう。

東京地判平成24年5月16日

この高裁判決の後にも,同様の判断を示した裁判例(東京地判平成24年5月16日)が現れており,今後も,女性から男性に対する損害賠償請求を認める裁判例が続くのではないかと予想しています。

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