弁護士 木村康之のブログ

世田谷区・経堂の弁護士です。身近な法律問題についての情報を発信していきます。

事業主に対する損害賠償請求を認めた裁判例(厚生年金未加入に対する対応策・その5)

事業主に損害賠償請求をするためには…

厚生年金への未加入を理由に、被保険者が事業主に対して損害賠償を請求する場合、債務不履行不法行為に基づく構成が考えられますが、いずれの構成によるにせよ、事業主が被保険者との関係で、被保険者資格の届出を(厚生労働大臣に対し)行う義務があるといえなければなりません。

事業主の届出義務は「私法上の義務」か?

厚生年金保険法27条は、事業主に対し、被保険者資格の取得を厚生労働大臣に届け出るよう義務づけていますが、この義務が、事業主と保険者の間における義務(=「公法上の義務」)にとどまるのか、それとも、事業主と被保険者間における義務(=「私法上の義務」)であるといえるのかは解釈の余地があり、いくつかの裁判例で争われてきました。

事業主に対する損害賠償請求を認めた裁判例

かつては、事業主が負う義務は、被保険者との間における公法上の義務にとどまるとして、被保険者からの損害賠償請求を否定する裁判例(エコープランニング事件。大阪地判平成11年7月13日)も存在しましたが、以下でご紹介する豊國工業事件(奈良地判平成18年9月5日)等では、事業主と被保険者の間における義務違反が認められています。

『…被告は,原告がそれぞれの被保険者としての資格を取得したことを,各保険者(健康保険については大阪文紙事務機健康保険組合,厚生年金については社会保険庁長官,厚生年金基金については関西文紙事務器厚生年金基金)に,それぞれ届け出る義務を負う(健康保険法48条,厚生年金保険法27条,128条)というべきところ,被告は,これを怠り,平成16年10月に至って過去2年間分について遡及して加入する手続をしたに過ぎないから,被告には上記の届出義務を怠った違法がある。そして,法が上記のとおり事業主に対して被保険者の資格取得について各保険者に対する届出を義務付けたのは,これら保険制度への強制加入の原則を実現するためであると解されるところ,法がこのような強制加入の原則を採用したのは,これら保険制度の財政基盤を強化することが主たる目的であると解されるが,それのみに止まらず,当該事業所で使用される特定の労働者に対して保険給付を受ける権利を具体的に保障する目的をも有するものと解すべきであり,また,使用者たる事業主が被保険者資格を取得した個別の労働者に関してその届出をすることは,雇用契約を締結する労働者においても期待するのが通常であり,その期待は合理的なものというべきである。これらの事情からすれば,事業主が法の要求する前記の届出を怠ることは,被保険者資格を取得した当該労働者の法益をも直接に侵害する違法なものであり,労働契約上の債務不履行をも構成するものと解すべきである。』

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