弁護士 木村康之のブログ

世田谷区・経堂の弁護士です。身近な法律問題についての情報を発信していきます。

伝聞法則を理解するためのポイント~実践編~

 「伝聞法則を理解するためのポイント」で書いたことを,平成20年新司法試験・刑事系第2問を題材に実践してみたいと思います。

「主要事実」は何か

公訴事実の確認

まず,この事案の公訴事実を確認してみましょう。

検察官は,被告人甲を

「被告人甲は,みだりに,営利の目的で,平成20年1月15日,Aマンション201号室の甲方において,覚せい剤50グラムを所持した。」

 との公訴事実で起訴しています。

つまり,これらが主要事実です。

被告人の認否

これに対し,甲は

「私のマンションで発見された覚せい剤は私のものではありませんし,これを所持したことはありません。もちろん営利の目的もありません。」

 と述べ,覚せい罪の所持と営利目的を否認しています。

争いのある「主要事実」は…

そうすると,主要事実の中で特に争いがあるのは,
①平成20年1月15日,甲が,甲方において覚せい剤50グラムを所持したこと(及びその故意)
②営利の目的
の2つ,ということになります。
(以下,これらを「主要事実①」,「主要事実②」とします。)

検察官の立証趣旨

これを受けて,検察官は

「Wが平成20年1月14日に甲方で本件覚せい剤を発見して甲と会話した状況,本件覚せい剤を甲が乙から入手した状況及びX組が過去に覚せい剤を密売した際の売却価格」 

という立証趣旨で,証拠物たる書面として本件ノートの証拠調べを請求しています。

「要証事実」は何か

さて,これらを前提に,本件ノート(の中に含まれるW供述,甲供述)の要証事実は何かを考えてみましょう。

「直接証拠型」か,「間接事実型」か

まず,W供述,甲供述は,主要事実①,②を直接立証する証拠でしょうか。

もちろん,答えは否,です。
そうすると,W供述,甲供述は,主要事実①,②ではなく,これらを推認する間接事実(あるいは,再間接,再々…間接事実)の1つを立証するための証拠,ということになります。

では,W供述,甲供述によって立証される間接事実とはなんでしょうか。

「主張事実①」に関係する間接事実

まず,主要事実①との関係での間接事実を考えてみましょう。

W供述から考えると分かりづらいので,甲供述から考えてみます。
甲は,

「おまえがいた店にも連れていったことのあるY組の乙から覚せい剤50グラムを250万円で譲ってもらった…」

 と供述しています。

この甲供述から認定できる事実は「甲が,Y組の乙から覚せい剤50グラムを250万円で譲ってもらったこと」(これを,「再間接事実①」とします)であり,それ以上でもそれ以下でもありません。
いつ,どこで乙から譲ってもらったのか,その覚せい剤が今どこにあるのかなどは,甲の供述からは明らかになりません。

ところが,検察官は,「本件覚せい剤を甲が乙から入手した状況」を立証趣旨としています。
つまり,検察官は,甲がY組の乙から譲ってもらった覚せい剤こそが,平成20年1月15日に甲方で発見された「本件覚せい剤」であると考えているのです。

そこで,W供述を見てみましょう。

Wは,

『サイドボードの引き出しの中に,見慣れない赤色のポーチを見つけた。…中を見ると,白い粉がビニール袋に入っていた。急に,甲が,「それに触るな。」と言って,私からそのポーチを取り上げた。私は,びっくりして,「何なの,それ?」と聞くと,甲は,「おまえがいた店にも連れていったことのあるY組の乙から覚せい剤50グラムを250万円で譲ってもらった。…」と言った。』 

と供述しています。

このW供述からは,『1月14日の「Y組の乙から覚せい剤50グラムを250万円を譲ってもらった」旨の甲供述が,甲方のサイドボードの引き出しから発見された赤色のポーチの中の白い粉についての説明としてなされたこと』(これを,「再間接事実②」とします)が認定できます。

これらの他に,警察による捜査の結果から,「1月15日,甲方のサイドボードの引き出しの中から赤色ポーチが発見され,同ポーチ内には,ビニール袋入りの覚せい剤50グラムが保管されていたこと」(これを「再間接事実③」とします)が認定できるでしょう。

この再間接事実①~③を合わせることによって,「本件覚せい剤を甲が乙から入手したこと」という間接事実が出来上がり,この間接事実から,主要事実①を相当強く推認できる,ということになります。

甲供述の要証事実は…

そうすると,甲供述の要証事実は,再間接事実①「甲が,Y組の乙から覚せい剤50グラムを250万円で譲ってもらったこと」であり,これは,甲の供述が真実でなければ認定できない(甲の供述の真実性が問題となる)事実ですから,要証事実との関係で甲の供述は伝聞証拠に当たります。

W供述の要証事実は…

W供述の要証事実は,再間接事実②『1月14日の「Y組の乙から覚せい剤50グラムを250万円を譲ってもらった」旨の甲供述が,甲方のサイドボードの引き出しから発見された赤色のポーチの中の白い粉についての説明としてなされたこと』であり,これも,Wの供述が真実でなければ認定できない(Wの供述の真実性が問題となる)事実ですから,要証事実との関係で甲の供述は伝聞証拠に当たります。

「主要事実②」に関係する間接事実

次に,主要事実②との関係での間接事実を考えてみましょう。

甲は

「うちの組では,これまで,0.1グラムを1万5000円で売ってきたんだ。」 

と供述しています。

この事実の意味づけは,「X組が過去に覚せい剤を有償で取引してきたこと」であり,「甲がX組の幹部であること」と併せて,甲の営利目的を推認させる間接事実になります。
(その他の間接事実としては,50gという覚せい剤の量が挙げられます。)

甲供述の要証事実は…

つまり,甲供述の要証事実は「X組がこれまで覚せい剤0.1グラムを1万5000円で売ってきたこと」であり,これも甲の供述が真実でなければ認定できない(甲の供述の真実性が問題となる)事実ですから,要証事実との関係で甲の供述は伝聞証拠に当たります。