弁護士 木村康之のブログ

世田谷区・経堂の弁護士です。身近な法律問題についての情報を発信していきます。

年金受給権の裁定前から消滅時効期間の進行を認める裁判例(年金支分権の消滅時効の起算点・その3)

東京高判平成23年4月20日の判示

 前回までの記事で述べた問題点について,東京地判平成22年11月12日は以下のように判示し,東京高判平成23年4月20日もこれを踏襲しました。

『…年金支給を受ける権利(支分権)の消滅時効は,一般の私人間の金銭債権と同様に,「権利を行使することができる時」から進行するとされる(会計法31条2項後段,民法166条1項)ところ,原告は,受給権についての裁定を受けていないことが,年金の支給請求という権利行使についての法律上の障害である旨主張するので,以下,検討する。
国民年金制度においては,受給権(基本権)とこれに基づき発生する年金の支給を受ける権利(支分権)とが観念されるが,年金の支給を受けるためには受給権(基本権)の確認行為である裁定を要するとされるから,受給権についての裁定を受けていないことは,消滅時効の起算点との関係で,(裁定前の)年金の支給を受ける権利(支分権)の行使についての法律上の障害に当たるとも考えられる。
しかしながら,裁定前の年金の支給を受ける権利(支分権)は,裁定を受けない限り,現実に支給を受けることはできないという意味で具体的な権利ということはできないものの,受給権の発生要件や年金給付の支給時期・金額について明確な規定(国民年金法18条1項,旧国年法26条,27条,29条の3,29条の4)が設けられていることや…裁定が確認行為であることに照らすと,年金給付の支給事由が生じた後は,受給権者が受給権についての裁定請求をしないままに経過した場合においても,その支給事由が生じた日の属する月の翌月から支給を始めるべきものとして,年金支給を受ける権利(支分権)は順次潜在的・抽象的には発生するものと観念することができる。他方,受給権者は,受給権についての裁定請求をして行政庁の裁定を受けさえすれば,直ちに,当該裁定前の年金の支給を受ける権利(支分権)を行使することができるものであるから,上記の場合における裁定前の年金の支給を受ける権利(支分権)(裁定を受けさえすれば,現実に行使することができる権利)については,一定期間継続した権利不行使の状態という客観的事実が生じているとみることができる。そうであるとすれば,このような客観的事実に基づいて,裁定前の年金の支給を受ける権利(支分権)が時効により消滅するものと解することは,一定期間継続した権利不行使の状態という客観的な事実に基づいて権利を消滅させ,もって法律関係の安定を図るという消滅時効制度の趣旨(最高裁昭和48年(オ)第647号同49年12月20日第2小法廷判決・民集28巻10号2072頁参照)にかなうものということができる。…国民年金制度は,被保険者が,老齢,障害又は死亡によってその生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを意図したものであるが,年金の受給は被保険者(受給権者)の利益のためのものであり,旧国年法16条も受給権者の「請求に基いて」と規定し,受給権者からの権利行使がされることを前提としていると解されることに照らせば,受給権者が受給権についての裁定請求をせず,裁定前の年金の支給を受ける権利(支分権)の行使がされない状態が一定期間にわたって継続している以上,その事実に基づいて権利を消滅させることが直ちに国民年金制度に背理するということもできない。また,このような状態は,上記のとおり,受給権者において受給権についての裁定請求をすることにより行政庁の裁定を受ければ解消することができ(もとより,受給権についての裁定は行政庁によりされるものであるが,上記のとおり受給権の発生要件や年金給付の支給時期・金額については明確な規定が設けられているから,上記裁定は,上記…のとおり給付主体と相手方との間の紛争を防止し,給付の法的確実性を担保する見地から行われる確認行為にすぎず,裁定及びその後にされる支給の額,時期に行政庁の裁量的判断は含まれないと解される(仮に受給権者において裁定請求をしたにもかかわらず行政庁が裁定をしない場合には,受給権者において不作為の違法確認の訴えや義務付けの訴え(行政事件訴訟法3条5項,6項2号)を提起することにより対処が可能である。)。),他方,年金の支給を受ける権利(支分権)を行使するに当たっては,受給権者において,裁定請求をすることのほかに特段の行為や負担を要するものでもなく,裁定請求をすることがちゅうちょされる事情もうかがわれないから,権利の性質に照らしても,その権利行使が現実に期待のできるものであるということもできる。
上記諸点にかんがみると,裁定前の年金の支給を受ける権利(支分権)については,受給権についての裁定請求をして行政庁の裁定を受けない限り,現実にその支給を受けることはできないが,そのような障害は受給権者において裁定請求をしさえすれば除くことができるものということができるから,たとえ受給権についての裁定請求がされず行政庁の裁定がされていないとしても,その消滅時効の進行を止めるものではないというべきである。』

東京高裁判決によれば…

要するに,東京高裁判決の立場は,「受給権者が裁定請求をしさえすれば裁定を受けることができ,権利行使が可能な状態にあるといえるので,②年金の支分権については,未裁定であっても支払期月の到来時から消滅時効が進行する」というものです。

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